2007 |
01,18 |
«電車»
電車の窓から見る景色は、毎日、違うように思う。
通る場所はいつも同じだし、急に建物が建ったり、壊されたりなんてことはないけれど、
同じ景色を見たことは、一度もない。
子供の頃、電車に乗ったとき、景色のほうが動いているんじゃないかと思ったことがある。
物凄いスピードで過ぎて行く景色の一部でも見逃さないように、
瞬きするのさえ惜しんで、目を見開いた。
その、一瞬目を閉じた間に、凄い景色を見逃しているかもしれない。
そう思うと、目が乾いて痛くなるまで、開けていたものだ。
今、昔に比べると、電車に乗る機会はぐんと増えたけれど、
外を見る時間は、がくっと減ったような気がする。
乗る時間帯が、混み合う頃だというのも理由の一つだけれど、
外を見ていた時間を、他のことに使うようになったからかもしれない。
昔の頃の景色は、目を瞑っても思い出せるのに、
今の景色は、ちっとも思い出せない。
子供の頃とは随分変わってしまった景色に、少し寂しさを覚えながら、
今の景色も焼き付けようと、俺は外の景色に目を向けた。
2007 |
01,10 |
«晴れ空»
青い空から降る光が、眩しくて目を細めた。
夏の青空も好きだけど、冬の透き通ったような青空も好きだ。
特に理由はない。ただ、好きだと思った。
「雨、止んだね。」
ちょっと前までの雨が、ウソみたいな青空。
でも、雨のあとの空って、結構綺麗だと思う。
「にわか雨だったんだろ。」
たたんだ傘には、滴がまだ残っていて、
歩くたびに、コンクリートに痕ををつける。
夏だったら、直ぐに消えてしまうのだろうそれは、振り返ると、まだ残っている。
それを見て、ちょっとだけ嬉しくなった。
私と、彼が、一緒に歩いてきた証みたいで。
(もう少ししたら、消えちゃうけど。)
傘をたたんだ分、彼との距離が、ちょっとだけ近くなる。
ほんの少しのことだけど、凄く嬉しかった。
2007 |
01,09 |
«雨雲。»
どんよりした空。 冬だというのに、どこか生暖かい風が吹いていた。
黒い雨雲は、手を伸ばせば届きそうなくらい、近くにあるように思える。
降り出しそうで、降らない雨。
まるで、さっきから泣くのを我慢しながら歩いてる、こいつみたいだ。
そんなことを頭の片隅で思いながら、「傘持ってくりゃあ良かった」と少し後悔した。
「はっきりしない空、だね。」
「そうだな。」
少しだけ震えた声。 それでも、明るい声にしようとしているのが、ひしひしと伝わってくる。
もう少し気の利いた返事が出来たらいいのに。
けれど、どんな言葉を掛けたらいいのか、わからなかった。
降るか降らないか迷ってるなら、いっそのこと降ってしまえ。
そしたら、雨と、その音に紛れて、こいつは泣けるかもしれない。
(早く降っちまえ。)
そう思いながら、俺は重い空を睨んだ。
2007 |
01,08 |
«精一杯。»
好きだという気持ちだけなら、誰にも負けない自信がある。
今、あの子の隣にいるあいつと比べられたって、絶対に勝つという自信があるほど、
あの子のことが好きだった。
けど、[好き]だけじゃダメなことくらい、わかってるんだ。
僕はあいつみたいに、あの子をあんなに笑わせてあげることは、
きっと出来ない。
悔しいけど、あの子はあいつのことが好きだから。
「好きな子が幸せならそれでいい。」
そんな考え、まだまだ子供の僕には理解出来ないけど、
あの子からあの笑顔を奪うことは、僕には出来ないから。
今は、あの笑顔が見られたら、それでいい。
すぐに忘れるなんて、絶対に無理だから、ちょっとずつ、時間を掛けて、
「あの子が幸せなら」 そう思えるように。
2007 |
01,06 |
«呼ぶか否か。»
正月に買ってもらったゲームのソフトを持って、あいつの部屋に行くと、
あいつは机に参考書とノートを広げていた。
「なに?勉強?」
「まぁ、一応ね。」
勉強なんてしなくても頭いいくせに、と思いながら、「ふ~ん」と返事をした。
俺が来ても、勉強を止める気はないらしい。こいつはそういうヤツだ。
俺が持ってきたのはテレビゲームだし、一人でやったって詰まらないから、
断りを入れずに、ふかふかのベッドに座った。
やることは特にない。
ベッドの横にくっつくように置いてある机に向かう、こいつの横顔を、ただ眺めるだけだ。
時折瞬きしながら、上から下へ目が動くのが分かる。
カリカリ、とシャーペンの細い音が、ちょっとずつ遅くなっていって、
参考書のページが捲られる。
「なぁ、」って俺が呼んだら、こいつは手を止めるんだろうか。
それとも、返事をするだけで、手も休めず、目も俺に向けないんだろうか。
声を掛けてみたい気もする。
けれど、後者だったら、ちょっとショックかもしれない。
声を掛ける、声を掛けない、声を掛ける、声を掛けない。
そんなことを何度か考えている間に、あいつのほうから声を掛けてくるのは、
もう少しだけ、先のこと。