2006 |
12,17 |
«言葉にして。»
「でさ、今日アイツさ、体育の時間に―――」
毎日のように見舞いに来てくれるクラスメイトの話を聞きながら、
見舞いの品だと渡された、真っ赤な林檎を見つめた。
白すぎるこの部屋に、よく映える 紅。
それを見ていると、わからなくなる。
俺は今、自分の色を持っているんだろうか。
この部屋と同じように、真っ白になってしまっているんじゃないだろうか。
「で、そしたら先生めちゃくちゃ焦ってさ!」
「なぁ。」
「―ん?なに?」
わざわざ遮るような話じゃない。
コイツの話が終わってから、言えばいいことだ。
でも、今だと思った。
なんでだかは分からない。理由なんて特にない。
でも、今だと思った。
「ありがと。いつも。」
「へ? な、なんだよ、らしくない。」
「だよなー。」
「そうだよ。」
吃驚したじゃん、と笑ったコイツに、心の中でもう一度、
ありがとう。 と呟いた。
2006 |
12,16 |
«こいこころ。»
私が書いた日誌に、丁寧に目を通すその横顔を、ひっそりと眺める。
左右に忙しく動くその瞳が、私を捉えることはない。
いつの間にか、手の届かない人になってしまった彼に、
今更想いを伝えることなんて出来ないから。
私はひっそりと、彼への想いを消していくしかない。
積もった雪が溶けたら、水になる。
その水は、どこへ行くのだろう。蒸発してしまう? それとも、土に滲みこんで、なくなっちゃうのだろうか。
ならば、積もってしまった恋心は、溶けてしまったら、どこへ行くのだろう。
心の奥底まで滲みこんだら、なかったことになるんだろうか。
「いつもながら、完璧だな。」
日誌をパタンと閉じた彼は、そう言って薄く笑った。
あの子に向けられている微笑とは明らかに違うそれに、少し切なくなる。
いつになったら、私の恋は、終わるんだろう。
2006 |
12,13 |
«憧れ。»
小さい頃憧れたもの、といえば、文句なしにウルトラヒーローだった。
今思えば、なんであんなものに憧れたのか、疑問がないでもないけど、小さい頃の感覚なんてそんなものだ。
ヒーローといえば、無条件で憧れてた気もする。
少し大きくなると、本を読み始めた俺は、探偵を夢見たことがある。
どんな難事件でも、ずばずばと格好良く解決していく探偵を、格好いいと思ったのだ。
普段は冴えないオトコでも、謎解きの時間になれば、人が変わったように光って見える。
それに影響を受けて、自分も冴えないオトコを目指してみたり、ちょっとしたことをすぐに事件にしたりして、
親に良く怒られたのを覚えている。
そして今。
あの頃よりも大きくなった自分は、「憧れ」る職業を持っていなかった。
なにを見ていても、苦労する面を、想像するようになったからだ。
いいな、と思っても、それになりたいと思うようなことが、なくなってしまった。
「大人って悲しー。」
そう呟いた声は、誰に聞かれることもなく、消えていった。
2006 |
12,12 |
«スノウ»
「寒いよなあ。」
どんよりとした空を見て、隣を歩くコイツはそう呟いた。
「雨でも降りそうな天気だ。」
黒に近い灰色の雲が、大分近くに見える。
降りだすのも、時間の問題だろう。
「もうちょっと冷えたら、みぞれくらい降りそうだよな。」
「やなこというなよ。明日早朝練習なんだから。」
これ以上冷え込まれてたまるか、と思ってそう言うと、「悲しいねェ?」と笑われた。
「なにがだよ。」
「ちょっと前までは雪が降ると喜んでたのに、いつの間にか雪を鬱陶しく思うなんて。」
「そうか?」
ガキの頃は、雪で遊んだ後のしもやけになったときのカユミとか、
翌日の凍りついた道路とか、そういうのは気にしないでいられたから、偶にしか降らない雪を見て、はしゃいでいたんだろう。
今は別に、雪ではしゃぐような歳でもないし、雪の誘惑に負けた後のことを知ってるから、嬉しいと思ったりはしない。
雪を綺麗だと思うことはあっても。
「大人になるってこういうことかな。」
「そうかもな。」
2006 |
12,06 |
«ノンストップ。»
一歩ずつ、ゆっくりだけど、確実に前に進む。
周りから遅れをとってる。 だから、俺には立ち止まってる時間なんてない。
追いつこうとは思わない。 だけど、これ以上、離されようとも思わない。
「先に行くぜー?」
自分の少し後ろを歩いていた人が、急にスピードを上げて、俺の前へと進んで行った。
また、抜かされた。 そうは思うけど、自分もスピードを上げようとは思わない。
俺には俺のペースがある。
今からペースを上げたって、途中で息切れするに決まってるんだ。
コツコツ歩けば、きっと大丈夫。
止まることなく、マイペースで行こう。