2007 |
03,08 |
«成長。»
私はいつも、みんなよりも高いところから、
みんなのことを、見ていた。
初めてみんなを見たのは、一年くらい前のこと。
嬉しそうな子、不安そうな子、いろんな子がいたけれど、
みんな、「期待に溢れた目」をしていた。
日々を重ねるごとに、みんなの表情からは不安が消えて、
日々を重ねるごとに、みんなは少しずつ、大きくなっていく。
私は知っている。
この一年間で、身長が六センチも伸びた子を。
私は知っている。
優等生の男の子が、殴り合いの喧嘩をしたわけを。
私は知っている。
気の強い派手な女の子が、毎朝早く教室に来て花瓶の水を取り替えていることを。
私は知ってる。
不良だといわれている男の子が、遅れていた私の電池を取り替えてくれた優しい子だということを。
この一年間で、みんなは凄く成長した。
一日一日を、みんなで楽しく過ごした。
そんな日々も、もうすぐ終わりだ。
みんなは一年前より、一回りも二回りも大きくなって、
この教室から、巣立っていく。
それは、私からしても、凄く喜ばしいことなのに、
それでもやっぱり、寂しい。
きっとみんなは、私のことなんて、すぐに忘れてしまうだろう。
けれど、みんながもし、この教室での出来事を思い出すことがあるならば、
私も一緒に思い出して欲しい。
私はいつも、みんなよりも高いところから、
みんなのことを、見ていた。
――――私は、時計。
2007 |
02,19 |
«梅の花。»
暖冬、暖冬と世間は騒ぐが、俺はそんなに暖かくないんじゃないかと思っていた。
雪こそは降らないが、そこら辺には霜柱を踏んだと騒ぐガキんちょ共がいたし、
屋外はマフラーもコートもホッカイロも必要なくらい寒かった。
夜寝るときの毛布二枚掛けに加え、足元には湯たんぽを置いた。
それくらい、俺には寒かったのだ。
「ちょっと、どこ行くの?」
朝早く、飯も食べずに家を出ようとした俺に、妹が声を掛けてきた。
ご飯くらい食べて行きなさいよ、と言いたそうな顔をしていたが、あえて気づかないフリをさせてもらおう。
「散歩だよ、散歩」
「この寒い中?風邪引くよ?」
日に日に口五月蠅くなっていく妹は、やはり母に似たんだろうか。
でも、俺は父に似ていっているとは思えない。
(俺、あんなに態度デカくないし)
心の中でため息を連発して、俺は妹に、「すぐ戻るし」と告げて、
その返答も待たずに家を出た。
確かに外は寒い。そして、家の中は暖かい。
それは十二分にわかってるけど、いつまでも家の中にいると、肺の中が生温い空気で満たされて、
ちょっと気分が悪い。
かと言って、その空気を逃がすように換気をすれば、家族から顰蹙を買う。
いつもはそんなこと気にしていなかったが、もし自分が家族の立場だったら絶対キレるだろうと思ってしまったから、今日は俺が外に行こうと思い立ったのだ。
妹に言ったとおり、すぐ戻るつもりだから、家の周りをぐるっと一周するだけでいい。
気分転換には、それで十分。
「・・・あ」
ふと顔を上げると、そこには梅の木があった。
ここは春になると、いつも梅がキレイで、近所では結構有名だし、俺も何度か遊びに来たことがあるけれど、
俺は枝を見て、声を上げたのだ。
そこには、濃いピンク色の花。
いつの間にか、花開いていた梅。
俺は毎日、学校に行くために外に出ているはずなのに、ちっともそれに気づかなかった。
まだこんなにも、俺にとっては寒いのに、
やっぱり今年は暖冬で、そして確かに春は近づいていたのだ。
そんなことにも気づかないなんて。
(・・・なっさけねェー・・)
そんなことを思いながら、
一生懸命に自分を主張している梅の花を、俺は眺めた。
2007 |
02,12 |
«辛いのはどっち。»
嫌いだと言ったら、あいつは傷ついたような顔をした。
そして、一粒だけ、涙を零した。
言ったのは私。 でも、言わせたのは、あいつ。
私のほうが、あいつよりもきっと、ずっと傷ついた。
言われたほうより、言ったほうが傷つくことも、ある。
真っ赤な夕焼けで、あいつの顔が見えなくなる。
視界がぼやけるのは、なんでだろう。
「・・・・ばいばい。」
小さくそう呟くと、私の名前を呼ぶあいつの声が聞こえた。
でも、振り返ることは出来ない。
嫌いだと言ったのは私。
でも、嫌いだと言わせたのは、あいつ。
(あぁ、私、泣いてるんだ。)
涙が伝った頬を、洋服の袖で強く擦った。
2007 |
02,05 |
«想い出。»
想い出を語るとき、人はとても穏やかな表情をする。
それが例え苦労話であったとしても、普段とは違った表情になる。
ぼくは、それを見るのがとても好きだ。
普段大人っぽい人が、想い出話をすると、急に子供っぽくなったり、
普段子供っぽい人が、急に大人びて見えたり、
クールな人がお茶目になったりする。
きっと、それを話す本人たちに、その自覚はないんだろう。
けれど、どんなときよりも、優しい表情をしていると、ぼくはそう思う。
過去ばかりを振り返るな。
想い出は日を重ねるごとに美化されていく。
そんなコトバをよく聞くけれど、ぼくはそうは思わない。
過去を振り返るのも良いことだと思うし、
想い出は、そのときのまま、残るものだってあるだろう。
そしてそれを思い出すとき、人は成長するのだと思う。
「――そういえば、こんなこともあったよ。」
先生が生徒に想い出話をするとき、
母が子に想い出話をするとき、
自分が友達に想い出話をするとき、
誰もが、遠くを見つめる。
まるでその頃に戻ったかのように。
「――ねぇ、」
2007 |
02,02 |
«ナミダ。»
ぱっちり開いた目には、めいっぱい力を込めた。
少しでも気を緩めたら、涙が零れそうな気がした。
周りに人がいなければ、大声で泣いたと思う。
鼻が詰まるのも、目が腫れるのも気にしないで、わんわん泣いただろう。
でも、俺の隣りには、彼女がいた。
だから、悔しくても堪えた。
泣きたくても、笑った。
泣きたいときに泣けばいいなんて言うやつがいるけど、
実際そんな簡単じゃない。
特に男っていうのは、ある程度デカくなれば、泣かないのが格好いいと思うし、
親や、好きなヤツの前で泣くのを、格好悪いと思う。
悲しいけど、悔しいけど、泣くのを我慢しているけど、
別に可哀想なわけじゃないんだ。
悲しいけど、悔しいけど、辛いと思うけど、
俺は別に、可哀想じゃないんだ。
大丈夫だって。
明日になればまた、いつもみたいに笑えるんだから。
だから、
(・・・そんな目で見るなよ。)